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【雑談】コミュニケーションとは~人の気持ちは分からない~

お世話になっております,小見山です。

最近本当に寒くなってきて,鍋が美味しい季節が来たなと思う反面,
朝のシャワーがキツくなってきたなと思う今日この頃。

先日の日曜,とある方のご紹介で,
コミュニケーションに関するセミナーに参加してきました。

セミナーの冒頭,講師の方は,
「コミュニケーションとは,相対である。」
と定義された上で,
その意味をご説明いただきながら,
実体験を交えたお話を拝聴してきました。
私が理解した限りでは,
対人関係を意識下におけるプラスとマイナスで位置付け,
更に各人の無意識下においても,
感情等をプラスとマイナスで分類するということを基本にして,
意識の視点として,間主観的ではなく,
真に客観的視点を獲得するための手法といったものでした。

抽象的に言うと何だか意味が分かりませんが,
例えば,嫌いな人(意識下のマイナス)との関係を考えた場合,
なぜその人が嫌いなのかという点を見てみると,
例えば,すぐ怒るから話していて不愉快だという感情を意識下に持っていた場合,
例えば,自分も同じように怒ってしまうという短所であったり,
過去親や親しい人から叱責された経験だったり,
あるいは仕事ができる人に対する嫉妬であったり,
何らかの無意識下の感情などが意識下の「嫌い」という感情に繋がっている
という考え方なのかなと理解しました。

確かに自分の短所ってなかなか向き合いづらいですし,
ついつい無視したり抑圧したりしがちですし,
その無意識下に追いやったものが今の自分の人間関係を形成しているというのは,
体感として何となく理解できる気がします。
情けは人のためならず,というやつにも近いかもしれません。

また,我々弁護士は,日々対人関係のもつれた果ての紛争状態に遭遇することが多く,
その紛争解決の手段として裁判という第三者の視点からどのように判断されるのか,
というある種客観的な視点というものを意識せざるを得ません。
そういった環境もあってか,
講師の方が仰っていることが何となく体験として理解することもできました。

例えば,交通事故なんかでは,
よく過失割合で真逆の主張をしてもめることもあれば,
明らかに過失が大きいにもかかわらず,
やたらと一方当事者に対して攻撃的態度を取る方がいらっしゃいます。
多分,何にも考えず,その事象のみをみると,
「どう考えても自分が悪いのに何でこの人は色々言ってくるんだろう,性格が悪いなぁ」とか,
「話の通じてない人なんだなぁ」なんて感情を抱くと思います。
ですが,よくよく考えてみると,
例えば,その方がご結婚されていて,
ご主人,あるいは奥様には頭が上がらないなんて関係性があって,
強く態度に出ておかないと,あるいは自分が悪いとなれば,
家庭内で叱責されてしまうなんて事情があるかもしれません。
きっとそういう方は内心では「やってしまった」という思いを抱えつつ,
攻撃的態度に出ざるを得なかったのかもしれません。
あるいは,単に運転技術に自信があって,
事故自体をきちんと受け入れることができず,
相手を攻撃することでバランスを取ろうとしているのかもしれません。

正直,そんな事情は過失割合には関係ありません。
ただ,事件を解決する上で,特に交渉や和解で解決していく上では,
その攻撃的態度を取っている方と対話をしていかなければならず,
必然的にこの人は何を考えているんだろう
ということを想像しなければならなかったりします。

紛争の相手方という意識下における最もマイナスらしい関係性ですが,
その相手方の無意識下に目を向けるというのは,
確かに相手方を理解する上では必要不可欠ですし,
依頼者であっても,
いまいち本当のことを話してくれていないなと思う時には,
その方の無意識下に目を向けるとともに,
自分の話し方だったり態度だったりを少し変えてみたりと
色々と工夫をしてみたりします。
といっても,正直弁護士なりたての頃はそんなこと考える余裕はありませんでしたし,
今でもできないことの方が多いかもしれません。

講演の内容を完全に理解したわけではありませんが,
普段自分が接している環境や,
日常の会話に至るまで,
無意識下にあったものを可視化,言語化するって大事だなと
改めて思わせていただいた気がします。
たまには,セミナーに参加してみるのもいいかもしれないなと思った出来事でした。

本当に寒くなってきたので,
皆様風邪など引かれませぬようご自愛くださいませ。

 令和5年11月吉日

       最近気管支炎になった小見山