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【雑談】立証責任と要件事実~複雑な事実関係のミカタ~

お世話になっております,弁護士の小見山です。

年明けから何だかドタバタとさせていただいており,
嬉しい限りではあるのですが,
近年は身体の衰えを感じることも多く,
これが嬉しい悲鳴というやつなのかなと思っております。
身体の衰えを少しでも緩和させるため,
最近ジョギングを始めましたが,
衰えを自覚せずオーバーワークで
膝が崩壊しました,どうも小見山です。

さて,今回のテーマは立証責任と要件事実と
何だか物々しい感じになっておりますが,
これまで実務に従事してきて,
一般の方と実務家の大きな違いというか,
事件に対する印象というか捉え方に隔たりのようなものを感じることがあり,
それはどこにあるのかなぁと考えたことがありました。
まだ答えは分からないのですが,
先日,久しぶりに大学時代の友人と話していた際,
法曹には独特の言語があるよねという話になりました。
そのうちの一つが「要件事実」です。
聞き慣れない言葉だと思いますが,
民事裁判においては背骨くらいとっても大事なお作法です。
ただこの要件事実,法学部を卒業して,
法科大学院や司法修習でお勉強するようなものだったりするので,
なかなか難しかったりします。

なので,一つずつゆっくりお話してみますが,
もしかたら眠たくなるやもしれません。
寝付きが悪いという方,
もしくは多少興味を持っていただいた方,
どうぞお付き合いくださいませ(今回長いっす。)。

さて,いきなりですが,
皆さんは,法律の条文って読まれたことはありますか?
色々な法律がありますが,
条文の構造って実は結構単純なんです。
全ての法律に当てはまるわけではありませんが,
少なくとも誰かの権利や請求権を定めている条文というのは,
「法律要件」の部分と「法律効果」の部分に分かれています。
お,早速出てきましたね「要件」という言葉。
この「法律要件」というのは,言い換えると発動条件みたいなものです。
遊戯王カードとかやったことある方なんかは理解しやすいかもしれません。
で,その発動条件を満たした場合に生じる効果がそのまんま「法律効果」です。
具体例で見た方が分かりやすいと思うので,
よく使う民法の不法行為を例に見てましょう。

【民法第709条】
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

交通事故やら離婚の慰謝料請求なんかも,
大元の条文はこれです。
交通事故以外にも人殴って怪我させた場合の賠償請求もこれを使います。
でも,人を殴った理由が誰かを守るためという場合だってありますよね。
そんな時には聞いたことあるかもしれませんが,
正当防衛というのが主張できるかもしれません。
条文的には以下のとおり。

【民法720条本文】
他人の不法行為に対し,自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため,やむを得ず加害行為をした者は,損害賠償の責任を負わない。

さて,これらの条文も法律要件の部分と法律効果の部分に分けられます。
どこで区切るか分かりますか?
句読点があるから,そこじゃね?と考えた方もいるかもしれません。
句読点も条文では大事だったりしますが,
上記の条文のうち,709条を区別するとすれば,

    (損害を)賠償する責任を負う。

という部分で,教科書的にいえば「賠償責任の発生」が
上記の法律効果ということになるわけです。
いつぞやの投稿で債権と債務は立場の違いで表裏一体という話をしたと思いますが,
請求する側からみると,「損害賠償請求権の発生」になります。

また,720条でいうと,

    損害賠償の責任を負わない。

という部分,「賠償責任の不発生」というのが法律効果です。

法律効果の方は比較的分かりやすいかもしれませんが,
この法律効果の発生が認められるか認められないかということを
争うのが民事裁判なわけです。

では,上記の709条を例にすると,どの部分が「法律要件」になるでしょう。
結論を言っちゃうと法律効果以外の部分です。
ただ長いですよね。
なので区切ります。
この区切り方によって,
発動条件がいくつになるのかが変わってきます。
問題はどうやって区切るかということです。
先ほどみた「賠償責任の発生」という効果の発動条件は何なんでしょうか。
実はこの区切り方が要するに条文解釈なんです。
学者さんたちは,この条文はこうやって区切って読むべきだとか,
そういうことを考えるわけです。
必然的に法学部の学生が学ぶのも,
この発動条件が何なのかという部分が大半なわけです。
警察学校における民法の授業で質問してみると,
結構色々なパターンの区切り方が見られます。
なかには区切らないという猛者もいました。
これは学生に限った話ではなく,
学者さんたちも同じで教科書によっては,
若干区切り方が違ったりもします。
なので,これから紹介するのは,一例だと思っていてください。

さて,どう区切るかということですが,
例えば,こんな区切り方が考えられます。

 A 故意又は過失によって
 B 他人の権利又は法律上の利益を侵害した者は,
 C これによって生じた
 D 損害
  (を賠償する責任を負う。)←法律効果

昔国語の授業で文節で区切るみたいなのがあったような気がしますが,
それと比べると気持ち悪い区切り方ですよね。
上記の区切り方だと,4つに分けられるので,
法律要件は4つあるということになりそうです。

ところが思い出してみてほしいのです。
正当防衛が成立したら賠償責任発生しませんよね。
ってことは,賠償責任が発生するためには,
「正当防衛が成立しないこと」というのも
条件に含まれるはずです。
講学上,正当防衛や緊急避難などのことを
「違法性阻却事由」と呼びますが,
要するに,正当防衛は不法行為の違法性をなくしちゃうってことです。
ん?違法性?不法行為は違法性が必要ってこと?
と考えて整理してみると,

   1 故意又は過失(A)
   2 侵害行為(B)
   3 損害の発生(D)
   4 1と3との因果関係(C)
   5 2の違法性

とこんな感じになります。教科書やら入門書には,
上記のように整理したものが書いてありますが,
根底にあるのはさっきみた条文たちです。
法学部ご出身の方は共感いただけると思いますが,
教授たちってやたら条文が大事だって言ってませんでしたか。
その理由はこうゆうところから来てるんだと思います。

じゃあ区切ることはできたわけですが,
「故意」ってなんだ?「過失」ってどういう意味?
と書いてある中身がなんなのかが問題になってきます。
分かりやすくいえば,
故意はわざと,過失は不注意という意味ですが,
より正確な意味について,
学者さんたちがあぁでもないこうでもないと研究したり議論したり,
過去の最高裁で「故意とは,こういうものよ」と判示されたりして,
その意味内容というのが決まってきます。
これを勉強するのが法学部なわけです。
大抵の人たちがイメージされる法律の勉強も
おそらくこの辺りなのかなと思います。
確かに間違いではありませんし,
大前提みたいなものですが,
実際に法律を使うためには,それだけでは足りないのです。
というのも,今のところ出てきてるのって条文だけで,
実際に使うのは現実世界なわけですから,
現実世界にあてはめないといけないんです。
要するに,具体的な事例,
「この件で」故意はあるのか,ないのかを判断しないと結論が出ないんです。

例えば,法学部の期末テストの問題なんかだと,
「Aは,令和●年●月●日,どこどこにおいて,Bとの間で……」みたいな感じに,
具体的な事実関係がずらーっと書いてあって,
問題文の最後の方に「以上の事実関係を前提に,XのYに対する請求は認められますか?」と
問うてくるわけです。

上記の質問に真っ正面から答えようと思ったら,
認められるか認められないかの2択なわけですが,
試験だと大事なのは理由の方です。現実だと結論が大事ですけどね。
この理由をつらつらと書くためには,
さっきの法律要件の部分がまず大前提になってきます。
で,問題文の中に色々と事実が書いてあるので,
法律要件,つまり発動条件を満たすかどうかをひとつひとつ検証していくわけですね。
例えば,交通事故を前提すると
「本件は,不法行為に基づく損害賠償請求権が認められるかが問題となる。
 かかる請求権が認められるためには,(ア)故意又は過失,(イ)侵害行為
 (ウ)損害の発生及び数額,(エ)アとウの因果関係があることを要するところ,
 Xは前方不注視をしているのであるから,(ア)の過失があるといえる。次いで……」
みたいな感じです。

ところが,試験の場合は,「Xが前方を見ていなかった」とはっきり書いてくれているので,
じゃあ不注意やんってすぐ分かるんですが,
現実では,そもそも「Xが前方を見ていたかどうか」という事実自体の存否が問題になってきます。
これを「事実認定」といいます。
じゃあどうやって事実を認定するのか,というと,
「証拠」によってその事実があることを認定していくんですね。
この認定する過程のことを「証明」といいます。

では,その証明は誰がしなきゃいけないの?ということですが,
これはざっくばらんに言えば,
当該事実を証明することによって得する人です。
例えば,709条の法律効果はなんでしたっけ?
そう,「賠償責任の発生」でしたよね。
これで得するのは,賠償請求をしている側の方です。
だって認められたらお金もらえますから。

あれ,でも待ってください。
正当防衛の720条の法律効果は「損害賠償責任の不発生」でしたよね?
どうなるん?と思ったそこのあなたは抜群のセンスをお持ちです。
そうなんです。正当防衛については,正当防衛を主張する側,
つまり賠償請求されている方が得することになるんですね。
なので,正当防衛については,
請求されている方が証明しなきゃいけません。

これで話が終わったら楽ですが,現実は甘くないようで。
証拠によって頑張って証明していくんですが,
結局,その事実があるのかないのかよく分からんという状況に陥る場合があります。
これを「真偽不明」といいますが,
その場合に当該事実を「存在する」と取り扱うのか,
「存在しない」と取り扱うのかによって大きく異なります。

先ほどの事例でいうと,
「Xが前を見てたか見てなかったかはよく分からん」という状況で,
「Xが前を見てなかった」と取り扱うのか,
「Xは前を見てた」と取り扱うのかということです。
前者であれば,過失がありそうですけど,
後者であれば,過失はなさそうですよね。
この場合,どうするかというと,
当該事実を証明することによって得する人にとって,
不利益に扱うということにしています。
例えば,上記の例でいえば,
「Xが前を見てなかった(Xの前方不注視)」という事実を証明することによって,
得するのは請求する方なので,請求する方にとって不利益に扱います。
つまり,「Xは前を見てた」と扱われるということになるわけです。
この真偽不明の場合に被る負担や不利益のことを「証明責任」とか「立証責任」と呼んでいます。
やっとタイトルの一部回収……。

なんか不思議な考え方に思えますが,
よくよく考えてみたら当たり前なんです。
というのも,ある日突然知らない人から,
訴訟を起こされて,証明も不十分なのに,
「うん,その事実認めまーす。」ってなったら,
もう訴訟起こしたもん勝ちみたいな世界線になっちゃいます。
証明できたら得をするわけですから,
証明できなかったら損するのは当たり前っちゃ当たり前です。

この「証明責任」という考え方を採用することによって,
「この事実の証明責任はどっち?」という発想が出てくるわけです。
つまり法律要件に該当する具体的事実を証明責任という物差しで分類することができちゃうんですね。
そうすると,あら不思議。
平面的だった法律要件が2つに分類できるので,
何だか立体的になってきます。
さきほど見た不法行為に基づく損害賠償請求の法律要件も

  【請求者が証明】    【被請求者が証明】
  1 故意又は過失
  2 侵害行為
  3 損害の発生
  4 1と3の因果関係
              5 違法性阻却事由

こんな感じに法律要件を証明責任の所在によって分類できちゃいます。
そうすると,法律要件としては5つあったはずですが,
証明責任で分配してみると,
請求する方が結局証明しなきゃいけないのは4つしかないということになります。
このように請求する側がとりあえず証明しなきゃいけない法律要件に該当する具体的事実のことを
「請求原因」と呼んだりします。
訴状の目次立てには,「請求の趣旨」と「請求の原因」という項目が必ずあるので,
もし訴状を見る機会があれば確認してみてください。

さて,請求原因に対して,被請求者側は,態度を決める必要があります。
民事訴訟で定められた態度は,「認める」,「知らない(不知)」,「違う(否認)」の3つです。
これを請求原因事実ごとに明らかにしていきます。
例えば,請求原因として「Yに殴られた(侵害行為)」と主張している場合,
「いや殴ってませんけど?」というのは,
請求原因と相反する事実なので,「否認」という態度になります。
なので,請求者は,殴られたということを診断書とか色々な証拠によって証明しなきゃいけません。
逆に「確かに殴った」と認めるということは,事実関係に争いがないってことですから,
証明する必要がないですよね?
なので,認めるという場合はその事実はあったということになります。
なので請求原因事実を認めることを「自白」といったりします。
なお,「知らない」という態度だと事実関係に争いがあるのかないのかはっきりせず,
自白は成立しませんから,否認と同じく証明を要することになります。

さて,否認もむなしくとりあえず請求原因の4つの事実が証明されちゃったとしましょう。
このままでは請求が認められちゃいます。
で,例えばですが,
「確かに相手方をわざと殴りましたよ?でも私は自分の身を守るためにやったんです。」
ってな具合に反論するわけです。
この反論のことを「抗弁」といったりします。
例えば,正当防衛を抗弁として主張して,
これが認められた場合,
法律効果は「損害賠償責任の不発生」でしたよね。
つまり請求原因によって発動するはずの効果を阻止しちゃうわけです。

このように,抗弁は「確かに殴りましたよ?」と請求原因が認められることが大前提です。
「いや殴ってませんけど?」という反論は,
請求原因事実と相反する事実なので「否認」でしたよね。
なので,抗弁とは,「請求原因事実と両立する具体的事実で,かつ請求原因による法律効果を妨害する事実の主張のことをいう。」
なんて定義されたりします。
で,更に抗弁と両立する抗弁の法律効果を妨害する事実の主張のことを「再抗弁」,
再抗弁と両立する再抗弁の法律効果を妨害する事実の主張のことを「再々抗弁」といいます。
再抗弁は請求する側,再々抗弁は請求される側がそれぞれ証明責任を負うことになるのですが,
まぁ頭混乱しますよね。私もです。

請求原因も抗弁も再抗弁も再々抗弁も,
先ほどみた条文から導かれる法律要件と法律効果という構造をしているのは同じです。
なので,請求原因に該当する具体的事実や
抗弁に該当具体的事実のことを総じて「要件事実」なんて呼びます。
(やっとタイトル回収……長い。)

ただ現実の世界の事実関係というのは,
多岐にわたりますし,何といっても複雑です。
何の指標もなく話を伺っていても,もう何が大事な事実なのか訳が分かりません。
そこで,その複雑な事実関係を
要件事実という観点から見ていくと,
誰がどの場面で証明しなきゃいけないのかということが
見えてくる,つまり何が重要な事実で,
何があんまり関係ない事実かが見えてくるわけですね。
なので,事案ごとに要件事実がよく理解できていないと,
相談時間が長くなりがちだったりします。
ここまで偉そうにつらつらと要件事実について説明してますが,
恥ずかしながら,未だにボスによく怒られ……ご指導いただくことも多いです。

冗談はさておき,
要件事実なんていう言葉を聞いたことすらないという方が多いのではないかと思いますので,
当然ながら依頼者の方も要件事実という観点を持っていらっしゃる方は少ないわけです。
なので,相談者さんや依頼者さんにとってはすごく重要な事実だとしても,
必ずしも要件事実的には大事ではないということもあったりするんですね。
そういった意味で,
依頼者の方からすると,
なんで大事なことなのに主張してくれないんや!
なんて不満も抱かれる方もいらっしゃるかもしれません。
頑張って説明はしてみるんですが,
なかなか伝わらないことが多ったりします。
と思って,今回要件事実というテーマを選んでみたんですが,
無駄口が多いからでしょうけど
文章にするととんでもない長さになりましたね。
次はもっとライトなテーマでお話できたらなと思います。笑

とにかく,要件事実は我々弁護士にとっては,
複雑な事実関係を紐解くための現実の見方であり,
また心強い味方でもあるってことです(サブタイトル回収!)。

最後までお読みいただき,
ありがとうございました!ではでは。

(※ 要件事実については,一部説明のために正確性を度外視して簡素化している部分もあるので,
  あくまでイメージするための参考にとどめていただければ幸甚です。)

      令和6年4月吉日
           弁護士 小見山 岳